特集 8 草創期醍醐寺の発展における聖宝の影響  藤井雅子

特集8 草創期醍醐寺の発展における聖宝の影響

延喜九年(909)聖宝僧正は入滅しましたが、その存在はその後も醍醐寺に大きな影響を与え続けました。その一つは、聖宝の遺した弟子達が醍醐寺をさらなる発展に導いたことです。聖宝の弟子の中で醍醐寺に最も関わりを持ったとされるのは観賢です。観賢(史料1)は、聖宝が讃岐国を遍歴していた際に見出し、育て上げた弟子と伝えられています(史料2『醍醐雑事記』巻第一)。延喜十九年(919)、観賢は醍醐寺に座主(寺務を統括する長官)や三綱(寺務の実務を掌る三人の役僧、上座・寺主・都維那)、定額僧(御願寺などに一定数置かれ、官から供料を与えられた僧)を置くことを、朝廷に対して奏上し認められました(同巻第三)。

草創期醍醐寺の発展における聖宝の影響

太政官が醍醐寺に伝える。かならず住僧等や三綱を置くようにという事について。(人名等省略)右については、権大僧都法眼和尚位観賢が奏上した状に次のように記されている。「謹んで代々の御願寺の例を調べてみると、供僧や所司等はみな官符によってその跡に補任されることは明らかである。いま醍醐寺が当今の御願寺となった後、未だに住僧や所司を定めることがなく、誰が寺務を運営するのであろうか。願い望むこととしては、十人の僧の中の一人の僧を座主に任命し、三人の僧を三綱として、六人の僧を定額僧に置いて、永く先例にしたいということである。但し前述の座主・三綱および住僧(定額僧)等に欠員がでる度ごとに、故僧正法印大和尚位聖宝の門葉の僧の中から、その職務を果たす能力がある者を選び定めて、朝廷に申し上げて任命して加えさせる。他僧の門葉を交えてはならない。私、観賢はかたじけなくも門徒の長として、どうして推挙を願わないことがあろうか」と。右大臣が天皇にお伝えし、天皇の指示を仰ぎましたところ、「願う通りにせよ」と仰せられた。醍醐寺はよろしくこのことを承知し、宣に従って実施するように。

この太政官符によって醍醐寺に座主・三綱・定額僧が置かれ、醍醐寺の経営組織が確立することになったのです。また座主等は「聖宝門徒」の中から選ばれることになりました。実際に観賢に次いで第二世座主となった延敒、第三世延性、第四世貞崇はみな聖宝から直接、伝法灌頂を受けた弟子でした。その後も聖宝の法脈を受け継ぐ「聖宝門徒」らによって座主は相伝され、現在の百三世座主に至るまで途絶えることなく聖宝の教えは守り継がれ、醍醐寺は経営されてきました。

さらに聖宝が後世に与えた影響のもう一つに、修験道が挙げられます。醍醐寺は真言密教・三論宗を兼学する寺院として成立しましたが、江戸時代からは、修験道の二大勢力の一つである当山派の本拠を兼ねることになりました。これは聖宝が修験すなわち山岳修行を行ったことに由来しています。そもそも修験道は、奈良時代に大和国葛城山、吉野の金峯山を開き、山林修行を行ったとされる役行者(えんのぎょうじゃ)を開祖とする修行方法のことですが、その後、それらの修行方法を実践する行者の集団が生まれました。しかし聖宝の頃、修験道は衰退していたため、聖宝は「金峯山において堂を建立し」、如意輪観音・多聞天王・金剛蔵王菩薩像を造り、「金峯山の要路の吉野川辺に船を設け、渡子に徭丁六人を申し置」いたと伝えられています(史料3「醍醐寺根本僧正略伝」)。このような活動によって、後に聖宝は修験道再興の祖として仰がれるようになりました。山林修行はその後も聖宝の弟子に継承され、前述した第四世座主貞崇は、三十余年間、金峯山に草堂を構えて籠もったとされています(『扶桑略記』天慶六年条)。しかし醍醐寺内の院家に止住し、法流を継承することが重視される中で、次第に山林修行は軽視されていきました。そうした中で慶長八年(1603)第八十世座主義演は、修験道の二大勢力である当山・本山派の対立を終始させるため、当山派の棟梁となり、聖宝以来、途絶えていた修験の「再興」を宣言したのです(「義演准后日記」慶長八年十月八日条)。

宝永四年(1707)聖宝の八百年忌に、第八十二世座主高賢の尽力もあり、聖宝に「理源大師」号が勅諡されました(史料4)。聖宝が遺した多くの功績が後世に語り継がれ、広く評価されたことが知られます。

-参考文献-

  • 大隅和雄氏『聖宝理源大師』醍醐寺寺務所、1979年
  • 佐伯有清氏『聖宝』吉川弘文館、1991年
  • 図録『世界遺産 醍醐寺展-信仰と美の至宝-』総本山醍醐寺・日本経済新聞社編集、2001年
  • 図録『修験道と醍醐寺-山に祈り、里に祈る-』総本山醍醐寺霊宝館、2006年
  • 関口真規子氏「聖宝信仰と修験道」(『修験道教団成立史』第Ⅰ部第一章、勉誠出版、2008年)

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