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醍醐寺開創の地、上醍醐

下醍醐から約1時間、山道を登っていくと、醍醐寺開創の地である上醍醐に至ります。

上醍醐には、西国三十三観音霊場第十一番札所の准胝堂(じゅんていどう)を中心に五大堂(不動堂)、薬師堂(国宝)、開山堂(重文)、如意輪堂(重文)、清瀧宮(せいりゅうぐう)拝殿(国宝)など、国宝、重要文化財に指定されている数々の堂宇が点在しています。

上醍醐の中心である准胝堂は、貞観18年の創建と伝えられていますが、現在の建物は、昭和43年に再建されたものです。本尊・准胝観世音菩薩は秘仏ですが、毎年5月18日に御開扉(ごかいひ)法要が営まれ、前後3日間だけご開帳されます。

また、五大堂の本堂には、本尊として不動明王を中心に五大明王が奉られています。、毎年2月23日に五大力さんとして下伽藍金堂で授与される”御影(みえい)”は、この五大堂で一週間に亘って祈願されたものです。

参道より上醍醐を望む

参道より上醍醐を望む

朝もやの上醍醐

朝もやの上醍醐

木漏れ陽の道を歩く

木漏れ陽の道を歩く

醍醐水

醍醐寺発祥の地

醍醐寺発祥の地

ここがまさしく聖宝・理源大師が山上に立てた隠遁場所です。大師は霊感によってこの泉を発見されました。今でもこの霊水を飲むことができます。

清瀧宮拝殿 室町時代(国宝)

清瀧宮本殿より清瀧宮拝殿を望む

清瀧宮本殿より清瀧宮拝殿を望む

清瀧宮拝殿は室町時代の建物で、寝殿造りの手法を生かした気品ある風格を備えています。山腹をわずかに切り開いて前面が崖にさしかかる懸造り(かけづくり)の構造になっています。

清瀧宮拝殿

清瀧宮拝殿

清瀧宮本殿 

清瀧宮本殿 

准胝堂 西国第十一番札所

准胝堂の創建は貞観18年と伝えられていますが、現在の建物は昭和43年に再建されたものです。本尊准胝観音は、毎年5月18日に御開扉法要(ごかいひほうよう)が営まれるときに、前後3日間だけご開帳されます。
※2008年8月24日未明の落雷による火災により焼失しました。現在、復興に向けての作業を行っております。


「西国三十三所結縁ご開帳」にともない、ご本尊・准胝観音菩薩のご開帳、参拝並びに納経、ご朱印は下記の期間金堂でお受けさせていただきます。


平成21年5月1日(金) ~ 11月30日(月) 9:00 ~ 17:00まで


西国観音霊場巡礼の皆様へ

薬師堂 平安時代(国宝)

薬師堂は上醍醐伽藍の中央に位置し、850年以上の風雪を耐え抜いてきました。全体に水平感を強調した落ち着いた建物で平安後期の気風をよく伝えていますが、狭い土地に建てられているために全景をゆったりと見わたす場所がないのが残念です。

五大堂

五大堂 正面

五大堂 正面

現在の五大堂は昭和焼失以後の新建築ですが、山上に聳えるその偉容は、鎮護国家を託された往時の山上密教寺院の雰囲気を今に伝えています。

五大堂 壁画

五大堂 壁画

不動明王像

不動明王像

如意輪堂 桃山時代(重文)

桃山時代に建てられた舞台造りの建築物。

開山堂 桃山時代(重文)

醍醐寺の開山、聖宝・理源大師を奉安したお堂。最初は御影堂(みえどう)といい、延喜11年(911)に理源大師の弟子、醍醐寺第一世、観賢座主によって建立されましたが、後に焼失。鎌倉時代に再建されたものの荒廃してしまいました。現在のお堂は、慶長11年(1606)に豊臣秀頼によって再建されたもので、雄大な桃山時代の特徴をよく表した山上最大のお堂です。

お堂の内陣には、中央に開山聖宝理源大師像、左に弘法大師像、右に醍醐寺第一世座主・観賢僧正像が奉安されています。

理源大師像(木造) 鎌倉時代(重文)

開山堂建立当初は、醍醐寺一世観賢座主の自作による聖宝像が奉安されていましたが、お堂の焼失とともに失われてしまいました。現存のものは、鎌倉時代に開山堂が再建されたときに、新たに造立されたものです。

寄せ木造りに彩色を加えた木彫像です。

理源大師像

理源大師像

開山堂内部

開山堂内部